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最終更新日21/04/24

コラム

コラム430

思い出補正

    この頃、新作と言うよりも旧作をプレイする機会が多く、旧作オリジナルやリメイク版などをよく遊ぶのですが遊ぶ理由は昔プレイして面白かったから懐かしくなってついプレイしてしまいます。

いざ再びプレイしてみると面白く感じない場合が多いです。

特にファミコン時代のゲームはセーブ機能もなく、操作性もシビアで 今プレイすると何でこんなゲームに夢中になったのだろう?と言うゲームもあります。

多分、小遣いで買ったゲームを解くまでやらないと勿体ないのでクリアするのに夢中になったのだと考えましたが

その後も色んなゲームをしながら考えるとそんなに昔のゲームが面白く感じなくなっている気がします。

そもそも子供の頃に熱中したゲームはさまざまな制約の中でゲームが作られていたので条件付きの中での面白さが有ったと思います。

十字キーにABボタンのみのシンブルさ。

しかもゲーム内容が初めても多く新鮮なので尚更熱中してはまる、今では新鮮味も無いし今更感もあるのであまり夢中にならない。

ゲームに夢中になった背景に学生時代に友達と一緒に遊んだことや一人でプレイするゲームでもどこまで進んだとか情報の交換しあったりとゲームで競い合ったりとみんなで遊んだ事が楽しかった記憶が強く残っていて、今一人でプレイしても楽しさは半減してしまいます。

当時の記憶で楽しかったゲームは当時の背景で楽しいので有って、今プレイしても同じように感じないのは自分が年を取った所為だと思います。

それでも昔を懐かしくてプレイしてしまいます。

これが自分の中で思い出補正が入っている理由だと思います。 

最近もセガサターンの「パンツァードラグーン」をPC版でプレイしましたが、あまり覚えておらず新鮮でしたしストーリーは忘れていて「こんな話だった?と驚きました。

昔のゲームでは無いのですが「伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠」と言うファミコンの「オホーツクに消ゆ」を思い出す アドべンチャーゲームをプレイしました。

クリアしましたが面白かったと思います。

ゲーム的にはファミコンスペックで作られた今のゲームですが普通に楽しめたのでレトロだからと言うわけでは無くゲーム性が大事であり、一度プレイしたゲームは新鮮さが無くなり何度もプレイするのが無くなったのも大きい気がします。

やはりゲームをやるのに一人でも遊べますが一緒にプレイする友達やゲームの情報を交換する趣味友達がいる事がゲームを夢中にさせている要因だった気がします。

私の当時の環境が大きかったと言えます。

その為、当時のゲーム環境を含めて楽しかったので有って今一人でプレイしても同じように感じないのは私の場合はしょうがないのかもしれません。

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